2017年5月22日月曜日

作家インタビュー タクブンジャ × ペマ・ツェテン

『ハバ犬を育てる話』(東京外国語大学出版界、2015年)の著者タクブンジャと、映画監督であり小説家として著名なペマ・ツェテンは親しい友人同士です。ペマ・ツェテンはタクブンジャのファンでもあり、多くの作品を漢語に翻訳する、漢語読者への紹介者でもあります。
2016年に『青海湖』という漢語の文芸誌にペマ・ツェテンによるタクブンジャへのインタビュー記事が掲載され、それがたいへん興味深い記事でしたので、チベット文学研究会の大川謙作氏による翻訳でお届けします。



私の前世は犬だったかもしれない

タクブンジャ(教師、小説家)
聞き手・構成 ペマ・ツェテン(映画監督、小説家)
日本語訳 大川謙作
タクブンジャ(撮影:海老原志穂)

犬シリーズについて

ペマ・ツェテン(以下PT):昨年(2015年)はあなたにとっては豊作の一年でしたね。日本語版の中短編作品集『ハバ犬を育てる話』が日本で出版されたし、青海民族出版社からは2冊目の短編集『キャプロの長い髪』が、四川民族出版社からは2冊目の中編集『老人と牛』が出版されました。本当に嬉しく思っています。おめでとう!

タクブンジャ(以下TG):ありがとう。ありがとう。

PT:確か、昨年は犬をテーマにした小説も何本か書いていましたよね?

TG:そう、五本ほど書きました。それを青海省内外の文芸誌に発表することができたことも昨年の大きな収穫だと思っていて、そのことには自分でも割と満足しています。

ペマ・ツェテン(撮影:星泉)
PT:それでは、そちらの業績にもおめでとう、と言っておきましょう。さて、ぼくの見るところ、あなたは今現在のチベット母語作家たちの中で、もっとも創作意欲が旺盛で、かつ途切れなく作品を発表している作家だと思います。長編、中編、短編なんでもござれで、しかも作品数も多い。ぼくはあなたの小説は基本的にはすべて読んでいて、たくさんの小説を漢語に翻訳したこともありますが、中でも「犬シリーズ」は、ぼくにとっても印象的で、読者たちの反応も大きいものでした。今回のインタビューでは「犬シリーズ」をテーマにしたいと思っています。まずは、どうして犬をテーマにした小説を書くのが好きなのか、そしてどうしてそんなに犬のことを巧みに書くことができるかについて、話してくれませんか?
TG:「好き」とか「嫌い」というのはあくまでも単なる心理状態のことで、具体的な基準となるものではありません。私が書く犬というのは、すべて現実の生活の中で長い時間をかけて蓄積されて徐々に醸成され、そして物語という形式をとって自然と現れ出てきた感情に基づいているものです。それは私が「好き」で書いているから出現するというものではないし、「嫌い」だからといって消え失せてしまうというものでもありません。私は、いつも友人たちに「ぼくが犬を書くのが好きなのは、最近チベッタン・マスティフがえらく値上がりしたからだよ」って冗談を言っています。

PT:ちょっと曖昧ですね。もう少し詳しく説明してくれませんか?
TG:この雪の国の高原で暮らしてきたチベット人からしてみると、人と自然、あるいは人と動物との関係というのはとても重要なものです。長く続いた原始時代には、自然環境も厳しく、人々の生産力や知識も貧弱だったせいで、人々は必然的に自然を畏れ、生命を敬っていました。大自然の神秘は人々に畏怖と崇拝の念を生ぜしめ、人々をして自然界の動植物に対しても強い尊崇の念を抱かせることになりました。生態的な必然性から、チベット人たちはある種の動物に大いに依存して暮らしてきました。日常生活において、犬は人間たちが衣食住や様々な仕事などの必要を満たすための大きな助けとなっていて、犬がなければチベット人の生活はずいぶんと制限されたものとなっていたとさえ言えるでしょう。だからチベット人は身の回りの万物に超自然的な力を付与し、神秘化して崇拝し、その加護と恩恵を求めることになったんです。チベットの文化においては動物崇拝が広く存在していますが、その根源はここにあります。そして中でも犬に対する崇拝というのが際立っているんです。

PT:まだちょっと話が抽象的ですね。例えばあなた自身の生活と関連づけて、もうすこし具体的に話してくれませんか?

TG:ははは。長いこと教師をやっていたせいでしょうか。いつも抽象的にというか、教科書的に話してしまうようです。

PT:もうちょっと気楽に話しましょう。いつもぼくたちが話している時みたいに。

TG:わかりました。私は小さい頃、犬がとても好きでした。大きくなってからも、里帰りする度に、まず私を発見して駆けよって出迎えてくれるのはいつも我が家の黒熊のような犬でした。故郷を離れてからも、いつもその犬のことは懐かしく思い出します。だから、文章を書こうとしてペンを手にすると、いつも原稿用紙のすみっこにあの懐かしい犬の姿が浮かびあがってくるような気がします。この何年か、犬をテーマにした小説を十数本ほど書いてチベットの様々な文芸誌に掲載してきて、そのうち一部は漢語にも訳され、また英語やフランス語、ドイツ語、日本語などにも訳されて反響を呼ぶことになりました。

PT:いいですね。でもまだちょっと硬いかな。もうちょっとリラックスして話してほしいんですけど。よし、じゃあこうしましょう。具体的な作品のことを話してみることにしましょう。多くの人があなたの犬をテーマにした小説はすごく面白くて、琴線に触れるところがあると思っています。「犬シリーズ」について語ってみてください。

TG:「犬シリーズ」の作品の主人公はすべて犬です。チベットにおいて犬はとても重要で、家族の一員とすら言える存在です。犬は家族のメンバーと同じように家に一定の責任を負ってもいて、現実の生活において、人と犬の関係はとても密接です。以前書いた犬シリーズの中編小説「ハバ犬を育てる話」の中で、私は登場人物の犬の口を借りて次のように書いたことがあります。「一般的に犬の性質の半分は人でできており、もし犬の性質の中の人成分がなくなってしまったら、犬は狼になってしまうのではないでしょうか。人の性質と犬の性質にはたしかに遠いものがありますが、つらつら考えてみると、人の性質も半分は犬なのではないかという気がするのです。皆から良い犬だと言われる犬は人の成分が多め、皆から悪い人と呼ばれる人には犬の成分が多めに混じっているんですよ」。これは実際、私が成長していく中で手にした人と犬の関係についての思想なんです。小説を書くようになってから、私は自分のこういった思想を自分の著作の中に溶け込ませていき、そのことによって作品における情感を豊かなものにしようとしています。

PT:犬をテーマにした小説を書いている時、どういう思考の流れに沿って書いているんですか?

TG:犬の小説を書いている時、私はいつも一つの原則に従っています。それは小説の主人公の「犬」を「登場人物」として描くということです。感情豊かな「登場人物」としてね。この「登場人物」は自らの考えを備えており、時には話すことさえできるし、さらには自らの行動基準さえも備えていることもあります。つまり、この「登場人物」は人間が備えているすべての特性を備えており、しかしまた確実に「犬」でもあるということになるわけです。

PT:読者たち、特にチベット語であなたの小説を読むわけではない読者たちは、あなたが書いた犬を通じてチベットの文化、チベットの現実、チベットの生活を理解することになります。ところで、あなたは犬の小説を書く時、どのような創作手法を用いていますか?

TG:創作にあたっては様々な手法を用いて「犬」を書きたいと思っています。リアリズムとかフィクションとかファンタジーとかね。要するに、「犬シリーズ」の作品を通じて、私の故郷における人と犬の特別な関係を芸術的に表現していければと願っているんです。もしも「犬」の物語をうまく書くことができたら、そのことによって故郷の過去と現在をも描きだすことができると思っています。

PT:なるほど。それでは、あなたは自分の書く「犬シリーズ」に満足していますか? 自分の作品をどう評価しますか?

TG:こんなにたくさん犬の小説を書いたせいで、友人からよく冗談で「タクブンジャ、お前は犬だ」なんて言われることもあります。そんなひどいことを言われるなんて我慢できないって人もいるかもしれない。でも私はそれが褒め言葉だってことをわかっています。友人たちは「犬シリーズ」をとても高く評価してくれているんです。他の人たちからもそんな風に「犬シリーズ」を評価してもらえればなと思います。

PT:ははは、面白いコメントだと思いますね。ぼくもあなたの「犬シリーズ」を訳していると、時々、こんなに犬を面白く、生き生きと、しっかりと描写できるなんて、こいつの前世は犬じゃないか、なんて思ったりすることがありますよ。
:ははは、そうかもしれませんね。私の前世は犬だったかもしれない。小説の中でも前世が犬だったという人物を登場させたことがありましたよ。


学生時代から作家になるまで

PT:それは面白いですね。さてここで少し話題を変えましょう。あなたの高校の時の同級生のジャバ氏も今では有名なチベット母語作家の一人ですよね。彼は、あなたの印象を記したある文章の中でこう書いています。
タクブンジャと知り合って28年になる。1983年、私は青海省海南チベット族自治州民族中等師範学校に入学した時に、未だ悩める時代のタクブンジャを見かけた。当時の彼は背も低かったし、肌は黒くて言葉少なで、とりたてて目を引くよう特徴があるわけでもなく、元気ハツラツとした他の生徒たちに埋もれてしまっていて、およそ人からの注目を集めるというタイプではなかった。1984年、私は飛び級で進学して、幸運にもタクブンジャのクラスメートになった。知り合ったばかりの頃、彼は口数が少なく、話すスピードものろのろしていて少しどもりがちだった。少し経つと、とにかくバスケットボールが大好きで、クラスメートから『バスケの父』と呼ばれていることに気がついた。さらに付き合いが深まってくると、チベット語の基礎がとてもしっかりしていて、クラスメートから『ゲシェ(博士)』と呼ばれていることがわかった。さらに彼を知るにつれ、とても頑固で、妥協することを知らず、自ら頼むところの大きな人物であって、こうと決めたらテコでも動かないところがあるため、クラスメートから『ドン(野生ヤク)』と呼ばれていることを知った。ここで秘密を告白すれば、実は私が最初にタクブンジャと知り合ったのは、彼が意中の女性にラブレターを書こうとしていて、代筆してくれる人を探していた時のことなのだ。だから彼に文才があるなんてことはわからなかったし、まさか後にチベット母語文学を牽引する人物になるなどとは、予想だにできなかった。
古なじみのクラスメートのジャバ氏のこの記述は正しいですか?

TG:ははは、その頃のことはよく覚えていませんけど、きっと大体そんなところだったんでしょう。何しろクラスメートの書いたことですからね。

PT:それじゃあ、その頃の自分と今の自分とで、何か大きな変化はありますか?

TG:はは、そんなに変わっていないとも言えるし、すごく変わったとも言えるんじゃないかな。

PT:話してみてください。

TG:それじゃあ、まずは変わっていないところから。私は今でも背が高いわけではないし、肌も相変わらず黒いですね。相変わらず口下手で、のろのろとどもりながら話します。人の注意を引くような特徴もないし、今も元気ハツラツとした生徒たちの陰に埋もれてしまっています。口下手なもので友人たちの集まりとか各種の研究会なんかで自分の考えを述べるなんてことは苦手にしています。だからいつも「私に話をさせようとするよりも、小説の一本でも書かせたほうがいいんじゃないか」なんて言っているんです。ははは。

PT:今、あなたの職業は教師です。教師は、知識を学生たちに伝えるために話さないといけません。どうしているんですか?

TG:普段は確かに口下手なんですが、ひとたび教壇に立つと雄弁でユーモアたっぷりになるんです。生徒たちからの授業の評判も良くて、このことについては生徒たちに聞いてみてもらってもいいですよ。

PT:では次に変化したところについてお願いします。

TG:考えてみれば、多くのところが変わりました。例えば、そうですね、もうバスケットボールはそんなに好きではなくなりました。頑固なところもだいぶよくなったと思いますし、時には適切に妥協することも覚えました。それから今では他人のためにラブレターを代筆して、キューピッド役を務めることもできるようになりましたね、はは。でも思うに一番の変化は、今では生徒たちから注目される存在になったし、読者たちからも注目される存在になったということです。これは私にとっては大きな喜びです。

PT:あなたの学んだ海南チベット族自治州民族師範のクラスからはたくさんの作家や詩人が輩出されましたよね。あなたもそうだし、青海省作家協会にいる龍仁青、中央民族大学教授のジャバ、青海師範大学教授のトンドゥプ・ツェラン、青海省テレビ局のドゥラジャもそうですね。みな小説や詩、翻訳、文芸評論などで大きな業績をあげています。どうしてあなたのクラスからこんなにたくさんの作家や詩人、それに評論家が生まれたのでしょうか?

TG:どうしてかは私にもわからないんです。ただの偶然なのかもしれません。ただ、あの時代はチベットの全域にわたって文学ブームがあって、それが関係しているかもしれませんね。1980年代のチベットには文学ブームが巻き起こり、『ダンチャル』とか『ダセル』とか『青海民間文芸』、それに『チベット文芸』などのチベット語の文芸誌が次々と刊行され、トンドゥプジャやレプコン・ドジェカル、チャプガ・ドルジェ・ツェランなどの作家が育ちました。彼らの作品と存在は我々を勇気づけ、私たちのクラスでは趣味を同じくする友人たちと一緒に彼らの作品を回し読みし、討論したりもしました。それに自分たちでも創作をして互いに見せあったりして、悪くないじゃないかと思って大胆にも投稿したりもしました。私の処女作の掌編もその頃にそういう風にして発表されたんです。その短編が発表の場を得たことで、私は大いに励まされる気持ちになり、自分はこの世界で生きていくんだ、という決心をすることができました。その頃から中国文学や外国文学にも触れる機会もできました。そんな風にしてゆっくりと扉を開き、自ら進んで文学の世界に飛び込んでいったわけです。


教師と作家の兼業生活

PT:青海省海南チベット族自治州民族師範の専科を卒業してから、蘭州の西北民族大学で2年ほど研修した期間を除くと、あなたはずっと教師の仕事をしていますよね。教師という職業が創作に与える影響というのはありますか? あるいは、その仕事が創作になんらかの限界を設けてしまうなどといったことはあるのでしょうか?

TG:自分がずっと従事してきた教師という職業に対して、私は長いこと満足することができないでいました。この仕事のためにとても狭い環境に閉じ込められてしまっていると思っています。もちろん、やむを得ない選択ではあると思うのです。何しろ我々の民族師範の卒業生の8、9割ほどは教師になるわけで、例外的なケースを除いて我々に選択の余地はありません。でもちょっと考え方を変えてみると、教師という仕事と小説の創作というのは同工異曲と言えなくもない。教師の任務は様々な手法で教室の中の生徒たちを育て上げることですが、小説家の任務というのもやはり、様々な手法でもって小説の中の登場人物たちを育て上げることだからです。ただ、創作というのは文章を用いてイメージを築き上げるという大きなプロセスであって、最後にはそのようにイメージを作り上げる文章が読者を共鳴させるべきものなのですが。

PT:あなたは本当にたくさんの小説を書いていますよね。どうしてそんなに小説を書くのが好きなんですか?

TG:同じように、「どうして小説を書くのが好きなのか?」といつも質問してくる友人が何人かいます。思うに、「好き」とか「嫌い」とかいうのは単なる心理的な状態のことなので、明確に判断する基準というものがありません。私はただ長い時間をかけて生まれてきた感情を表現する言葉に生命と意義を与え、それを読者の眼前に届けているだけです。私は言葉というものに対して特別の感情を抱いています。

PT:言葉に対して特別の感情を抱くというのは、どういうことですか?

TG:言葉というのはもっとも豊かで、もっとも鮮やかで、そしてもっとも複雑で奥深いものだと私は思っています。私は自分のことを「言葉」のもたらしてくれる滋養で生かされている人間だと思っていて、だから言葉というものに対して深い感情を抱いています。何もわからなかった赤子の頃からいまこうして人生の意義を振り返る時期に至るまでの長い旅の途上で、私は、「言葉」というものは、他のいかなる存在も比肩することのできない力と魅力を備えているものだということを深く理解するに至りました。「言葉」こそ、私が小説の創作を行うもっとも根源的な原動力でありまた動機でもある、と言っていいと思います。

PT:あなたは、自分のことを「言葉」のもたらしてくれた滋養によって生きてきた人間だ、と言いましたけど、それはどういうことなのか、具体的に話してくれませんか? あるいは、「言葉」の滋養はどのようにあなたを育ててきたのでしょうか、と問うこともできますね。

TG:私はずっと片田舎の教師をしてきて、あまりあちこちに出かけて行ったことがありません。ですから私は基本的には文学を通じて世界というものを知りました。文学は私にもう一つの世界への鍵を与えてくれたのです。民話やケサル王物語、あるいはチベット文学や中国文学や外国文学など、あれやこれやの文学は小さい頃から私をいつも感動させ、満足させてきました。ひょっとしたら、こんな風にして身につけられる世界認識なんてごく皮相的で偏っていて幼稚なものかもしれない。でも私はこういう風なやりかたが好きなのです。

PT:一人の小説家として、小説家はどうあるべきだと思いますか?

TG:はは、私は小説家なのかな?

PT:あなたは小説家ですよ。それもとても優秀な、ね。

TG:正直に言えば、私は自分が作家を名乗っていいものかわからないでいます。自分の書いた文章がどれくらいの「イメージ」を有しているものか、そしてその「イメージ」が読者をどのくらい共鳴させているかどうか、私には知る術がないのです。とどのつまり、私は、誰の格言か知りませんが「ただひたすら一生懸命働くこと、それですべてはうまくいく」という言葉を信じて頑張っているだけです。私はいつでも時間の余裕ができれば故郷のあちこちを訪ね歩き、故意にか無意識にか、人々が心の中に秘めてしまった言葉を探し、それを私の「イメージ」として紙に書き記す機会を求めてきました。そのような時はいつも。自分のことを世界でもっとも幸せな人間だと感じます。

PT:それで結局、小説家はどうあるべきだと思いますか?

TG:私はずっと、小説家というのは人々の生活の中に分け入り、人々から見過ごされがちな細やかで小さな事に注目することができる人のことだと思ってきました。

PT:もう一度「犬シリーズ」の話題に戻りましょうか。これからも続けて「犬シリーズ」を書く計画はありますか?

TG:もちろん。今年も一本「犬シリーズ」を書くつもりで、それはこれまでの犬シリーズの小説をベースにした中編小説になる予定です。年末には犬をテーマにした作品集も出版する予定で、それは今年の青海省の文芸出版助成の計画にも含まれています。

PT:それは素晴らしい。ぼくにも計画があって、あなたの「犬シリーズ」がある程度たまってきたら、それをまとめて漢語に翻訳し、出版社を探して漢語版の『タクブンジャ犬シリーズ作品集』を出版して、より多くの読者にあなたの小説の魅力を伝える事ができればなとずっと思っているんです。

TG:あなたの翻訳には全幅の信頼をおいていますよ。その計画のためにももっと頑張って、残業してでも犬シリーズのいい作品を書かないといけないですね、ははは。

PT:プレッシャーを感じる事はありますか?

TG:正直にいえば、少しばかり。「犬シリーズ」を書き続けるというのは、私にとっては挑戦ですし、試練でもあります。これまでも犬シリーズを書いてきたわけですが、さらに新しいアイディアが出てくるかなということも心配ですし、書き上げたものがなんだか二番煎じみたいに読者に受け止められたらどうしようと思ったりもします。

PT:それについては、あなたは恵まれた立場にあると思います。豊かな生活体験とその積み重ねがあるわけですし、きっとさらに素晴らしい犬の小説を書くことができると信じています。以前にも増して素晴らしい犬の小説を書いてほしいし、それでこそ翻訳も楽しくなるし、やりがいも感じられるのでね。もちろん、これまでの作品だって素晴らしかったですけど。

TG:ははは、頑張って書きますから、あまりプレッシャーをかけないでほしいですね。

PT:「犬シリーズ」の今後の創作がうまくいきますように!


訳者プロフィール
大川謙作(おおかわ けんさく)日本大学文理学部准教授。専門はチベット社会史、チベット現代政治、社会人類学。チベット文学研究会メンバー。

訳者後記
本稿は「万玛才旦访德本加 我的前世可能是一条狗」(『青海湖』2016年第3号掲載)の全訳である。このインタビューは2016年1月に行われた。実際のインタビューはチベット語で行われたが、雑誌掲載時にペマ・ツェテン氏によって漢語に翻訳・編集された。