2015年5月9日土曜日

チベット作家の寅さん

チベットの人気作家タクブンジャの邦訳作品集『ハバ犬を育てる話』刊行記念にAkkenさんにマンガを描いていただきました! Akkenさんありがとうございます♪





〔書評〕『ハバ犬を育てる話』


土臭いユーモアの感覚がもたらす文学的香気





滋賀県立大学の棚瀬滋郎先生が当ウェブサイトのために『ハバ犬を育てる話』の書評を書いて下さいました。ありがとうございます。

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 アムド出身のチベット人作家、タクブンジャの短編小説を収めた作品集である。巻末の訳者解説によれば、タクブンジャは1966年、中国青海省、海南チベット族自治州に生まれた。海南民族師範学校在学中には、チベット現代文学のパイオニアであるトンドゥプジャ (1953~85) が教師の一人として赴任していたという。タクブンジャが小説を書き始めたのも、トンドゥプジャの小説を読んだことがきっかけとなっており、その意味では、トンドゥプジャが開いた、チベット現代文学という土地に開花した才能のひとつといえるのであろう。

 本書に収められた小説のスタイルは、実験的な「一日のまぼろし」から、諧謔と風刺に満ちた「犬」シリーズ、甲斐性のない夫に対する妻の罵りだけで一本の短編をなすという、大胆不敵な試みである「罵り」、僻村の生活をリアルに描く「村長」など実にバラエティに富んでいる。これは当然訳者4人の意図であろうが、これらの作品を読むと、チベットの現代文学が最早チベット口語による文学の創設という段階を超え、作家が様々な文体やスタイルを自由に試す段階に至っているということが実感される。

 大国の中の少数民族という立場に由来する様々な矛盾や軋轢、現代化や漢化の中でいかに自らの文化を守ってゆくのかなど、チベットの人たちは様々な問題に直面している。小説の存在理由のひとつが、必ずしも意識されない、その時代の矛盾や軋轢を作品の中で具象的に描き、対象化してみせることにあるとすれば、タクブンジャもまさに時代が要請したチベット人の作家ということができるであろう。

 勿論、トンドゥプジャの作品もそういうものとして理解することができる。しかしタクブンジャには、トンドゥプジャにはない土臭いユーモアの感覚があり、それが一種の文学的香気をもたらしているようにも感じた。

 この『ハバ犬を育てる話』で、「チベット文学研究会」による現代チベット文学作品の紹介は4冊目となる。チベットの「今」を知るためには格好の作品である、これら小説群を日本語で読むことのできる幸せを噛みしめ、訳者の方々には心からの感謝と、その努力への敬意を払いたい。 (棚瀬慈郎)


『ハバ犬を育てる話 (物語の島 アジア)』
 タクブンジャ著/海老原志穂・大川謙作・星泉・三浦順子訳
 東京外国語大学出版会
 【2015年3月30日発売】
 四六変型判・並製・296頁・定価:本体2400円+税
 ISBN978-4-904575-45-1 C0097